2022/01/22

越えられるものと越えられないもの

                                                                                    染付鮎向付 魯山人作

人気陶芸作家の大谷哲也氏は「過去のクリエーターの影響なしに作品を制作することは不可能」と語っておられました。

大谷氏は「写し」を作っておられませんが、魯山人をはじめ多くの陶芸作家は過去の名品の写しを創作し時に元になった器を超えるような作品を生み出します。

「写し」が「本家」を超えるということがあるのが陶芸の世界で、絵画や彫刻には無いユニークなところだと思います。

魯山人の場合、自分好みの器、例えば中国の染付や李朝の陶器、日本の織部などの写しを創作しました。魯山人の器は観賞用ではなく用の器。多くの料理人に人気があり料理を盛ってみたいと思わせるのは、魯山人自身が料理人であり日本料理に合う器を写し、さらに用の器としての完成度を高めたからではないでしょうか。












他方、青磁は朝鮮や日本で多くの写しが作られてきましたが、11世紀から12世紀頃作られた中国・汝窯(じょよう)の青磁を超える磁器はまだ作られていません。

汝窯の釉には瑪瑙(メノウ)の粉末が使われていたとされ、表面の青色は言葉では表現しにくい優美で潤いのある魅惑的な色合いを帯びています。現存するのはわずか70点余りで台北故宮博物院や大英博物館に所蔵されており、個人所蔵品は4点のみだそうです。

Popular pottery artist Tetsuya Otani once stated, "It's impossible to create works without being influenced by past creators."

Although Mr. Otani does not make "replicas," many potters, including Rosanjin, create reproductions of past masterpieces. Sometimes, these reproductions surpass the original pieces they are modeled after.

One unique aspect of the pottery world is that a "replica" can sometimes surpass the "original." This phenomenon isn't typically found in other art forms like painting or sculpture.

In the case of Rosanjin, he created pieces that reflected his personal preferences, drawing inspiration from Chinese blue-and-white pottery, Korean ceramics from the Joseon dynasty, and Japanese Oribe ware. Rosanjin's pieces aren't just for display but are practical wares. They are popular among many chefs who find them enticing for presenting dishes. Perhaps the reason for this popularity is that Rosanjin himself was a chef, and he created reproductions that not only matched Japanese cuisine but also elevated their functionality as practical wares.

On the other hand, while numerous replicas of celadon have been made in Korea and Japan, no porcelain has yet surpassed the celadon of China's Ru kiln, produced between the 11th and 12th centuries.

It is believed that the glaze of the Ru kiln contained powdered agate, giving its surface a uniquely graceful and lustrous blue hue that is difficult to describe in words. Only around 70 pieces are known to exist today, with collections housed in institutions like the National Palace Museum in Taipei and the British Museum. Only four pieces are reportedly in private collections.

2022/01/05

Anselm Kiefer 2











私は、1988年、ニューヨークの近代美術館において開催されたAnselm Kiefer展でこの画家のことを知りました。

作家は4メートルを超える作品を多数創作しキャンバスに絵の具というありきたりなメディアでの表現にとどまらず、金属や木片、藁、といったおよそ絵画には使われたことがない物体を駆使し3次元的に制作します。

それら質量のある物体を立体的にコラージュした作品群を展示した部屋に一歩入った時の印象は強烈でした。画集で見た印象と実物のそれは全く別物で、画集が小さな水風呂としたら、実物はフィンランドの大自然にある湖に飛び込むようなもの。

この圧倒的な展覧会を体験し、現代美術は写真ではなく実物を見なければ知ったことにならないと痛感しました。




2022/01/04

Anselm Kiefer 1

 










冬のIDOCHAの壁にかかっていた絵は、ドイツのAnselm Kiefer(アンセルム・キーファー)という作家の作品です。

1980年代に注目を集め、今、ドイツの代表的な現代美術の作家として活躍しています。

ドイツの暗い歴史を振り返り、圧倒的な迫力で過去の記憶を蘇らせ鑑賞者の心に訴えかけます。ドイツ人でなくとも、彼の絵画表現に感銘を受ける人は少なくないと思います。

タイトルは、ドイツ語でSiegfried Vergisst Brunhilde. 
このタイトルの由来は不明ですが、Siegfried と Brunhilde はゲルマンの神話上の人物で、前者は戦士、後者は女性の名前です。
ドイツの長い歴史の中で、この荒れた畑の風景は、今も昔も変わらない原風景でもあります。
この風景は、遠い彼方まで描かれていますが、その彼方はジーグフリートの神話が語られていた遠い昔であり、現代から遠い過去にタイムマシーンように遡って想いをはせる、といった心の深層を描いた作品だと思われます。

彼の作品は、一般的な感覚では美しいとは言えませんが、ドイツ人の魂の叫びのような強烈な印象を受けます。

この作品は、彼の作品の中では珍しく親しみやすい作風ですが、荒涼とした畑の描写はヴィンセント・ヴァン・ゴッホの風景を彷彿させる荒々しさを感じます。


2022/01/01

Piss Painting

 



ピエロ・マンゾーニのアバンギャルドに匹敵する作品を一つ挙げるとしたら、それはアンディ・ウォーホールの「Piss Painting」。

ウォーホールは、ファクトリーと呼ばれる自身の仕事場に、銅の絵の具で表面を塗りつぶした大きなキャンバスを床に置き、街を歩いている少年を連れてきて「おしっこ(Piss)」をかけさせました。銅色のキャンバスのPissがかかった部分は酸化されグリーン色に変化し、独特の表情を持った抽象絵画が出来上がりました。


このウォーホールの作品は、既製品の便器を展覧会に出展しアートの概念を根底から覆したデュシャンのオマージュです。














それだけではなく、水平に置いたキャンバスに絵の具をドリップして描いた画家ジャクソン・ポロックのパロディでもあります。


デュシャンやポロックが生きていて、この前代未聞の方法で制作されたPiss Painting を観たとしたら「そこまでする?」と呆れた顔をしたかもしれません。